風水気学研究所(御堂龍児事務所)

風水とは、大地を流れる<気>を読み取り、コントロールする技術であり、自然と人間の調和を考える「共生の思想」なのです。

2012年

2013年の展望

本年の大まかな運勢を四柱推命から占ってみたいと思います。

風水にしても四柱推命にしても易にしても、東洋の学問はものごとの始まりを大切にします。
かつては、冬至で年の干支が変わっていたので、冬至をもって四柱推命を並べて年運を占う方法もありました。
それで2013年の年運を看るということは、新年になった瞬間の四柱推命を並べていきます。
ただ、東洋での新年は年の干支が変わってから、立春を迎えてからと考えますので、2013年の1月1日ではなく、2月4日の節入りの時間となります。
その、四柱を並べてみると次のようになります。

正印      正財  食神
戊   辛   甲   癸
子   丑   寅   巳
食神  偏印  正財  正官

*早子時、夜子時の説がありますが、ここでは23時をもって日干支を変えました。

まず、年には癸があり日の丑と時の子の中に同じ水が根を持ち、専門的には通根といいます。
ここで、水の力が強くなっているのが気になります。同時に、この水は木を生み出しています。
命式中には甲寅という気の五行が非常に強いのに、さらに水が木を助けているのです。ここでは、甲寅についているの正財で、食神が財星を生み、財星が協調されています。
これは、お金の問題、財の問題がテーマとなる一年だとわかります。
また、甲も寅も東と東北を意味する字なので、2013年の中で、特に東の方、東洋の国々(中国・朝鮮・韓国)の情勢が心配されます。
日本もこれまで以上の、景気のダウンが感じられます。
ここ暫く、日本では、円安・株高となってきて、このまま年明けも一見いいスタートとなりそうです。
しかし、私の看方では、来年の3月か5月下旬を境に、中国と問題、もしくは自然災害を受けて、再び経済面での調整が入りそうです。
3月は政治的な変動も注意です。
また、国が支援・保障に乗り出さなければならないような大型倒産もありそうです。
新手の詐欺商法や宗教もどきの詐欺が増え、手口が巧妙化してきます。
2013年はいい話は全部、疑ってかかることを心がけて、お金に関することはより慎重に取り組んでください。
そんな、お金の不安が漂う年ですが、甲に力があり、神仏、宗教という意味がありますから、新しい宗教が流行ったり、アトランティスやムー大陸伝説の再ブーム、またはUFOの目撃情報が増えるなど、神秘的なこと、宗教的なことが一つのテーマになりそうです。春以降に注目してください。
また、2013年の注意点は水の災害が増えそうなことです。
甲寅は大木であり、大きな林、森です。水が多くて木が大いに茂っているとどうなるでしょうか?
特に夏場は例年以上に水の災害、満潮時に重なる大きな台風、高波などの災害が心配です。
6月の大雨による山崩れ、8月から9月の大水にも注意が必要です。
寒暖差も激しくなるでしょう。
11月からの冬にはヨーロッパ地方で大雪が想像できます。11月の干支は癸亥で、辛丑と戊子と合して亥・子・丑の大水となるからです。

さて、日主を見ると辛の金であり、強すぎる木を負かすために、同類の金の助けが必要となります。
辛からプラチナを連想したのですが、2013年はこれまでのゴールドよりもプラチナに勢いがつくことでしょう。
また、力の象徴としてプラチナのような色を人が無意識に求めるかもしれません。
キラキラと光る色や銀色、パールカラー、ブロンズカラーなどの商品が好まれるでしょう。
同時に、不安を表す深い青緑かダークブルーも一時的に流行るかもしれません。

ここ数年は落ち着かない不安感の起きやすい年ですが、2013年は人々が互いに気を配りあって和を大事にしていくことでチャンスがつかめる一年となります!
来年も皆様にとって良い一年となりますよう、お祈りしております。

関落陰in台湾

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最近、私の関落陰のかつての兄弟子のお堂が、日本の某雑誌に載っていたせいか、問い合わせが増えています。
実はこの兄弟子はほかの兄弟弟子ともいろいろあって、現在は残念ですが疎遠となっています。

さて、最近ではこの関落陰を行なう老師はめっきり減ってしまいました。
二十年ほど前は、淡水の蔡老師、新竹の劉老師、そして台北の呂老師と実力のある方がそれぞれ競い合っていたのですが、今は皆、昇天されました。
私は縁あって、蔡老師と呂老師からご指導を頂き、呂老師には日本にまでお越しいただいて、無極慈善堂の直系として認可を頂き、とてもお世話になりました。

このお堂には、かつて風水の生徒さん達とも一緒に訪れたことがあります。
今年の11月には私も訪台し、慈善堂の今の林馬全長老(写真左)といろいろお話してきました。
最近では、林長老が若手を教えているとのことですが、ちょうど三時から授業を行なうので、それを私に行なえというのです。
日本人が台湾の本堂に帰ってきて、講義を行なうなんて滅相も無い!と思ったのですが、林長老から、日本人が講義を行なうなんて珍しいし、みんなが喜ぶからとお願いされ、結局、講義をする羽目になりました。。。

さて、日は変わって、以前に紹介しました済公師父という神様がのり移るというお寺に遊びに行くと、またそこで、いきなり、「おまえ、関落陰してみろ」ということになりました。
その日は、済公師父のお話を聞く特別な日だったので、大勢の信者さんが集まっていました。
何故か目隠しの鉢巻まで用意してあって、やっぱり逃げられませんでした。

さすがに、私も本場での関落陰は台湾語のお経や現地の言葉を操りながら、説明をしたりして冷や汗ものでした。
幸いこの日は、霊界に参入して自分の「魂の家」を見に行けた人がいたので、とりあえず面子は保てましたが(笑)、とても緊張しました。
彼女が魂の家に入ると、中にはなんと済公師父が待っていて、「よく来たな、いらっしゃい」というのです。皆大笑いでした。
彼女はあまり欲が無く、自分の魂の家を直して運を上げるというようなことはしませんでしたが、関落陰を通して、来年の世界情勢とか中国、日本などの来年の運について話を聞けました。

関落陰では、その人の「魂の家」を修繕して運気を改善していくことの他に、その時のマスターによっては、日本や世界の国運について話を聞いたり、日々の修繕のことについて指導を頂くこともあるのです。
この時のお話は、追ってご紹介していくつもりです。

黄老師との思い出

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今回は黄老師を偲んで、少し思い出話をしようと思います。

今から22,3年前になるでしょうか、まだ老師がお元気で活躍されていた頃、日本に5度ほど招待させていただき、風水の勉強を兼ねて日本のあちこちを廻ったものです。
東京はもちろんのこと、鎌倉方面や群馬の妙義、榛名、栃木の日光や、岡山、四国などなど、かなりの場所を一緒に訪れ、風水を学ばせていただきました。

ある時は、東京港有明ターミナルからフェリーに乗って熊野那智大社まで行きました。
その時は老師の奥さんも一緒に来日されて、観光しながらの旅でした。
この頃はまだ私も若かったので、たびたび老師をお招きするのには金銭的に苦労もありましたが、今では何にも変えられない良き学びの機会を得られ、素晴らしい思い出となっています。

さて、熊野那智大社とその摂社である飛瀧神社などでは、特殊な来水、去水の測り方をご指導いただきました。
そこは滝がご神体なので、私は太極をどう取るのかわかりませんでした。そこで黄老師に教えを請うと、滝の前にある鳥居がありますが、そこを、太極として来水、去水を看ると教わりました。
また熊野那智大社拝殿では、写真にある「口訣書」をいただき、「陽宅には真気が必要である」と教わりました。神社は陽宅として看ます。
この「真気」の使い方は黄老師が晩年によく使われていた技法です。老師に師事したお弟子さんでも、前期についた方と、後期についた方では習得の内容が違うようです。
神社やお寺のような大きな木で囲まれているところは、真気が入っているのか、真水はどうかと看ていくのです。
この方法で看ていくと、本当に霊験あらたかな素晴らしい神社仏閣だとか、立派で格式高い神社でも問題だらけで、神社側と信者さんでもめていたり、内部争いが多かったりとか、お金の収入が多い少ないまで読み取ることができるものです。
熊野那智大社拝殿はというと、強い座山となっており、破軍水という権威、霊験あらたか、大きな財という意味の去水となっていました。

老師の奥さんのことは師母(スーム)と呼びます。
当時、師母は那智の滝を見て大感激していました。台湾にはこんな大きな滝は少ない上に、当時は今のように世界遺産でなかったので、人も少なくとても神秘的な雰囲気を醸し出していたのです。
さらに天河神社まで足を伸ばして、一泊しました。
老師は天川村で食べた柿の葉寿司はことにお気に入りで、次の日もお弁当を買って昼食にしたほどです。

この時の経験をもとに、私は当時と同じように、風水の弟子や生徒さんとはいろんな場所を一緒に廻り、そこで美味しいものを食べたりする、という現地での授業を大切にしています。
黄奎光老師に感謝し、その精神を伝えていこうと努力していくのみです!

風水の巨匠、黄奎光老師逝く

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私の長年の師匠だった黄奎光老師がお亡くなりになりました。10月5日に永眠されました。享年93歳でした。
先週の23日にお葬式があり、台湾に行っておりました。
台湾ではなくなってから2週間ほど、納棺したまま個人の死を哀悼します。その為、日本人の感覚では葬儀が遅いような気がしますが、台湾では普通のことです。

思い起こせば、老師とは25~6年のお付き合いでありました。
老師にはかつて300人あまりのお弟子さんがいて、毎週土曜日の夜に講義をされていました。
老師は八客(ハッカ)語のなまりのある台湾語で話をされるので、当時、私にとってはほとんど聞き取れず大変な思いをしました。
その頃は、話を聞くというよりも、友人を作りに参加していたようなものです。
はじめは私のことなど気にも掛けていない様子でしたが、頑張って1年通いきった頃から、私にも話しかけてくれるようになりました。実は黄老師は片言の日本語を話せたのです。
それまでは、私の様子を伺っておられたのでしょう。
ま た、その後、いろいろと親しくさせていただき、日本に来られた時には、「ウメアメはもう終わったのか?」と私に尋ねるので、何のことだろう??と思いなが らも、あっ!「梅雨」(つゆ)のことかと分かり、ええ、もう過ぎましたね、と答えたことを思い出したり、当時日本に留学していたお孫さんを連れて、一緒に 遊びに出かけたことなど、風水の勉強でお世話になった以外にも、プライベートなお付き合いも長かったなぁと、いろいろと思い出しました。

老師は10年以上も病床に伏しておられましたが、古い兄弟子達は皆揃い、昔のお弟子さんの数からすると少ない感じはありましたが、皆で黄老師の思い出話に花を咲かせました。
最後は、ここに集まった兄弟弟子と老師の残してくれた『山川哲学研究委員会』をしっかりと維持して風水を伝えていこう、それが老師への花向けだということで、老師の死を悼みました。
写真の兄弟子は李さんといって老師に50年もついていた強者です。

黄老師、安らかにお眠りください・・・

きんぽうさん

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先日、ある男性の方から少し変わった相談がありました。
最初は地理風水についての質問などをされて、なかなか本題に入らないのです。
少し経ってから「あの・・・、少し変わった夢を見たのですが、先生は夢で見たことを信じたりしますか?」とようやく本題の相談を話し始めました。
「夢におじいさんっぽい人が出てきて、『きんぽうさん』というんですよね、それから水晶が土の中から出てくるビジョンが出てきたりするのですが、自分で調べてもよくわからないので相談に来ました」
ということでした。
彼は石鹸に関する仕事をしていて、いい物を作るにはいい水が必要なのだけれど、今回の夢と何か関係があるのか?ということでした。
私は「きんぽうさん」は長野県にある金峰山であり、山梨県側では「きんぷせん」というからその場所のことだろうとお話しました。
結果、一緒に行くことになりました。

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山ではちょうど紅葉が始まっていて、実にきれいな時期です。
紅葉目当てか、平日なのに凄い人手です。
金峰山の頂上には五丈岩と言われる大きな岩がそそり立っています。
写真では、山の頂に突き出ているのが、その五丈岩です。
もし、龍脈で看るとちょうど富士山から来ている龍脈がここで大きくうねって走り方を変えたという印になる石です。ある意味、龍脈の背中のヒレにあたります。角ではありませんね。
この地の祖山となる富士山は少し頭が見えただけでしたが、それでも十分満足です。
五丈岩からは写真に見るようなはっきりとした龍脈が続いているのがわかります。
脈→節→脈→節と、その変化が見ていて面白いものです。

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さて、問題は、ここまで来てまだ石鹸に関するヒントが何も見つかっていないということです。
龍脈を眺めているうちに、ああ、この脈を歩けということかな、と思いました・・・
彼が夢で見た他の地名なども辿っていくと、どうもそれはこの金峰山のかつての修験の道のことを示しているようです。
かつての修験者は、山を熟知していい水のありかを知ったり、丹(水銀)の鉱脈を探したりしていましたが、山を歩き尋龍点穴(龍脈を尋ね歩き龍穴を探す)ということからすれば地理風水師も大きな意味では修験者といえるかもしれませんね。
石鹸にはいい水は欠かせないでしょうから、その辺りももしかしたら・・・という感じです。
次回は、その金桜神社~水晶峠を経る修験の道を龍脈沿いに辿っていきたいと思います。
・・・でも片道7時間もかかるんだよね。

今回のルートは車で朝6:30新宿発~中央道勝沼インターを降りて川上牧丘林道をずっと北上して9:30大弛峠着、ここから歩いておよそ2時間30分でした。
(ゆっくり歩くと3時間くらいかかります)
ただ大弛峠では、金峰山への入り口の看板がわかりにくいのでお気をつけください。
ガレ場があるのできちんとした装備で行くことをお勧めいたします。